・こんなに長く付き合ってきた「死にたさ」がなくなるなんて考えられない
・何度やっても抜け出せなかった「死にたさ」とは一生付き合っていきていくしかない
僕も、ずっとそう思っていました。
けど、これらは間違いです。「死にたさ」は必ず解消できます。
そのために辛い努力も、気の遠くなるような歳月も必要ありません。
それが果てしない道のりのように思えてしまうのは、きっと 「死にたさ」がなくなっていく過程の具体的なイメージが湧かないから。
ロッククライミングの経験がない人にとって、そりたつ壁面は登ることが不可能な壁です。 しかし指導者の協力を得て、専用の器具やスキルを用いて岸壁を登る体験をほんの少しでもすれば、それが決して越えられない壁ではないという実感が生まれてきます。
僕たちにまず第一に必要なのは「死にたさ」を越える過程の「具体的なイメージ」です、、、
「死にたさ」から抜け出せる人と、一生付き合う人の最初の分かれ道
この記事にアクセスしてここまで読み進めてくれた人は、実は、『もう半分だけ「死にたさ」を克服するための道に進み始めた人』です。
なので、さっそく一番重要な点をお伝えします。
「死にたさ」を解消して人生を取り戻せるか、それともいつまでも自殺と諦めの間を行き来し、苦しみ続けるか
その第一の分岐点にあるのは、「行動を起こせるかどうかの違い」それだけです。
「死にたさを解消するためにもう何度も行動してきた。それでもだめだった。」
という反論があなたの脳裏に浮かんだかもしれません。
- 昼夜逆転した生活を改善しようと努力した
- 考え方を変えようと思い自己啓発本を手にしてみた
- 病院に通って薬を処方してもらった
確かにほとんどの人は、繰り返し「死にたさ」を解消しようとなんらかの「行動」を起こした経験をもっています。
それなのになぜ、いつまでもそこから抜け出すことができないのか。
それは、僕がここでいう<行動>と、それらの「行動」とは大きく意味合いが違うからです。
自殺という命綱
自殺未遂をして数年間、僕もまた「死にたさ」に囚われ続ける日々を送っていました。
「こんなクソみたいな現実があっても、自殺すればその全てから逃れることができる」
「どうしようもなくなったら、今度こそは自殺を完遂すればいい」
「いや、僕はもうあの時すでに死んでいる。あとは儀式のようなものでそれを済ませば今度は本当に全てから解放される」
頭の中でそういった思いを繰り返し再生することで、死に損ねて状況がさらに悪化してめちゃくちゃになってしまった現実をかろうじて許容することができていました。
自殺という切り札によって、この負け戦を終わらせることができる。
その期間の僕にとって「死」は唯一残された「生命線」だったのです。
自殺の無人島からの脱出
今考えるとそれは自殺と2人きりで生きているような孤独でした。
家族は僕がまた事(=自殺)を起こさないか不安になり、何度も心配の声を投げかけてくれました。
「大丈夫、もう死にたいなんておもってない」
そう返答しつつ、心の中ではいつでも自殺との心中を思っていました。
それでも、ある程度規則正しい生活を余儀なくされる状態におかれ、時間が経つと
心身が回復し始め、皮肉にも何処からともなく「生きよう」とする意志が湧き上がってくるようになりました。
「僕がどれだけ死のうとしても身体がそれに抗う」
いや、いつまでも抗っていたのは僕の方でした。
-現実とは別のどこかにある「この島」に居るのはもう僕だけだ。
自殺未遂から数年、僕はついにそこから離脱することを決意しました。
命懸けの脱出劇
過酷ではあれど数年間僕を養ってくれた地を後にするのはそうとうの恐怖がありました。
数年前までは当たり前に生活していた場所が、はるか遠くの対岸に観える。
そこに行き着くまでは数千キロある海を身体一つで泳ぎ切らなくてはならない。
なんども沖に出ては、水中で足がとどかなくなると引き返すことを繰り返しました。
、、、僕はついに観念しました。
自殺ならやったことがある。死ぬ気で泳ぎ切るんだ。もうどうにでもなれ。命なんかもうクソ喰らえだ
こうして僕は2度目の人生を賭した<行動>を起こしました。
それは「ふと」訪れる
-この世にあって欲しいと心から願ったものを創る
僕は自殺からの脱出を決意したきっかけを、のちにそう語るようになりました。
だけど、やはりそれは後付けです。
「死にたさ」に意味が後から付け足されるように「生きる」決意もまた事後的に物語化されます。
「死にたい」も「生きる」も実は理屈とは別のところから「ふと」やってきます。
だから、あなたが、ふと<行動>を起こす気が湧き上がったとしたら、その時こそが人生を二分する分かれ目です。
(それは身体が教えてくれるかもしれないし、何かの縁があなたに知らせるかもしれません)
なぜ「アシスト」なのか?
僕は自殺志願者の「死にたさ」の克服を支援するこの一連の事業の母体に『AMA-メンタルアシスタンス』という名をつけました
サポートでも、フォローでも、ヘルプでもなくアシスト。
それはあくまで<行動>を起こすことができるのは「当事者だけ」であるという事実に由来しています。
僕にできることはその「アシスト」だけ。そのことは自身の体験と、これまで支援させて頂いたクライアントの克服の過程を目の当たりにしていくなかで、僕が一番よく理解していることでもあります。
「死にたさ」を解消するというゴールを達成するまでの過程
例えば、サッカーで言うところの「アシスト」は、ゴールを決めるために最適な条件を整えてストライカーに最後のパスを出すことです(たぶん。)
ここで僕はアシストをする役割、そしてゴールをきめるのはもちろんあなたです。
あなたがもしゴールキーパーやディフェンダー(守備)の役割に徹し、自陣に留まっているとすれば、僕がどんなに声を大にして走り回ってもあなたゴールシュートを決めるためのパスを出すことは不可能です。
一方であなたがセンターラインを超えて、敵陣に乗り込んできてくれていれば、僕は敵軍のディフェンダーを掻い潜りあなたが決定的なチャンスを得るためのアシストづくりに奔走することができます。
つまり、あなたがゴールを決める(=「死にたさ」を解消する)までの過程は、
①自陣から敵陣に乗り出す
②そして敵陣の守備の妨害を回避しつつできる限りゴール前に近づく
③あとは最後のパス(=アシスト)を待ち、シュートを放つ
の順となります。
そしてもうお分かりの通り、この①自陣から敵陣に乗り出すと言うことが僕が言う<行動>を起こす、ということなのです。
支援を活用できる段階までの準備
このサービスには実に多くの参加者がいます。
そしてその全てが「死にたさ」を解消したいという切実な課題を抱えています。
しかし、僕が支援を請けおわせて頂くことになるのはその中のほんの一握りの方に対してのみです。
また、どれだけ「苦しい」「なんとかして欲しい」といったメッセージや相談を頂いても、僕の方から支援の活用を促すことは決してありません。
その理由は、上記のサッカーのアナロジーを用いて言えば、センターラインより後ろにいる人に「ゴール前までくるんだ」と声高に叫んでもその声は届きさえしないということを経験から熟知しているからです。
逆に、センターラインまでなんとか自力で、地面を這ってでもやってきてくれた場合、僕はなんとしてでもその人をゴール前に迎えるようアシストします。
①自陣から敵陣に乗り出す
では具体的に、「死にたさ」が解消されていく過程をみていきます。
センターラインを超えてきた人はまだ、歩みがおぼつきません。センターライン付近で先に進もうとしたり、また自陣に戻ったり不安そうにしています。
きっとあの時の僕と同じように、自分だけの自殺島を脱出し、荒波に揉まれ、小さくなっていくこれまでの居場所に見切りをつけようとしているのでしょう。
そしてこの段階で直面する試練は、「恒常性」や「現状維持バイアス」と呼ばれる働きとの戦いです。
恒常性とは、生物が変化を起こそうとした時に、元の場所に留まろうとする働きです。
例え、元いた環境がどんなに過酷なものでも、生物はそこを離れて未知の環境に乗り込むことの方に大きなリスクを見積もります。
この働きはアメーバなどの原生生物にすら備わっている働きなので、人間がそこから受ける影響も決して小さくはないでしょう。
(「現状維持バイアス」はこれを心理学的に解釈し直しただけの用語なので説明は省きます。)
つまり、人生を賭した<行動>を起こしたあなたですが、まだこの段階では「死にたさ」の解消に対して積極性を持てずにいます。
②敵陣の守備の妨害を回避しつつできる限りゴール前に近づく
例え、センターラインを超え、元に戻ろうとする働きに堪え前進しようとしても、敵陣ではあなたの侵入を防ごうとする守備陣が待ち受けています。
そこであなたの前に立ちはだかる障壁は、「現実的な問題」であることがほとんどです。
例えば環境を変えるために引っ越しを考えた場合、引越しのための費用や手続きをする労力が必要になります。
または、復職を志した場合、実際に採用されるには選考を突破しなければなりません。
この段階では、あなたの意思とは関係なくあなたの前身を阻む現実的な問題が立ちはだかります。
「強い」とは「変化できる」ということ
現実的な困難を振り切ってあなたはついにゴール射程圏内に足を進めました。ディフェンダーはもういません。あとはゴールーキーパーの死角をついてシュートをきめるだけです。
ここでついに向き合うことになる課題こそが、あなたを「死にたさ」に引きづり込んだ根本的な問題です。
それは現実社会における問題かもしれないし、身体的な問題かもしれない、はたまた精神的な問題かもしれません。
ここで一旦、僕たちが目指している「ゴール」について確認しておきます。
あなたが目指す理想とはどんなものですか?
それは「もう2度と苦しみがない幸せな出来事だらけの人生」でしょうか?
はたまた「どんなことがあっても挫けない、鋼のような精神をもつこと」でしょうか?
僕は、そうではないと思っています。
きっと人生における辛い出来事や困難が全てなくなることはない。
また、何が起こっても挫けない精神などそもそも存在し得ない。
だけど、それでも、つまずくことはあっても、何度でもやり直せる自分のあり方。
それが僕たち自殺志願者が真に目指すべきゴールの姿だと僕は考えています。
挫けないことよりも「対応できる」ことの方が重要なんだということを
昔の人は「柔よく剛を制す」という言葉で表現しました。
また有名な生物学者の以下の言葉も同じ内容を示唆していると言えるでしょう。
生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである
チャールズ・ダーウィン(1809~1882)
③最後のパス(=アシスト)を待ち、シュートを放つ
ゴールが明確になったところで、先ほどの場面に戻ります。
あなたの前に見えるのはゴールポストとそれを死守しようとするゴールキーパーだけです。
しかしここにきてあなたの身体は硬直してしまいます。
さらに、あなたの脳裏には悪いイメージがよぎります。
「また失敗してしまうんじゃないか、、、」
この時にあらわれる「一種の拒否反応」こそがあなたが直面する最後の課題です。
きっとあなたはこれまで何度もその課題に直面し、繰り返しゴールに到達することを阻まれてきました。
では、どうすればあなたは今度こそはゴールネットにボールを思い切り打ち込むことができるのでしょうか?
変化をおこす「きっかけ」となるもの
これまで何度取り組んでもできなかったことができるようになるには「なんらかの変化」を引き起こすことが必要です。
たとえば、戦績が行き詰まったプロ卓球選手が、これまで培ってきた、ラケットの持ち方やフォームなどを根本からがらりと変えてしまうことで、そのスランプを克服したという話をきいたことがあります。
同じように、あなたがこれまで何度も躓(つまず)いて前に進めなくなってしまっていることを克服するには、「これまでとは異なるフォーム」を身につける必要があります。
しかし、変化は自分の内側から起こすことはほとんどできません。
なぜなら、先に説明した通り「自分の内側」には今の状態をなんとしても保とうとする強い働きが存在しているからです。
そこで必要となるのが、外部から働きかけ
つまり、「アシスト(=支援)」なのです。
小さなきっかけ、大きな変化
それはなにも劇的な変化ではないかもしれません。
あなたがなんらかの機会で手にしたほんの小さなきっかけが、数日後、数ヶ月には大きな変化となり、ついにはあなたの人生そのもの変える働きをもつようになります。
それは角度にしてたった1°だけ向きを変えて進み始めた2つのビー玉が数秒後にはまったく別の場所にたどり着くことによく似ています。
そうして外部から加えられたほんの小さな働きかけ(=きっかけ)こそが、あなたにこれまで克服できなかった問題に別の方法で立ち向かう力を与えることになるのです。
「克服の過程」に沿った支援
以上が、「死にたさ」などの深刻な問題を人が克服していく道のりの全体図です。
これはなにも「死にたさ」の解消に限ったものではありません。
人間が直面する困難を切り抜けていく場合に「共通してたどるパターン」のようなものなのでしょう。
そして、このステップをこの場所で提供される各種サービスに当てはめると以下の通りになります。
①自陣から敵陣に乗り出す⇨「無料セミナー」などに参加する
②そして敵陣の守備の妨害を回避しつつできる限りゴール前に近づく⇨「苦しみの原因診断」などの短期支援を活用する
③あとは最後のパス(=アシスト)を待ち、シュートを放つ⇨必要性、タイミングに応じ長期支援に参加、問題を解消していく
僕は自身の体験から、1人でも多くの自殺志願者の方が「死にたさ」を克服できるように、上記で説明した過程に沿って各種支援を設計し、いつでも活用できるようにしてきました。
「人生」を支援する
この仕事をはじめて以来、僕は涙を流す機会が格段に増えました。
もちろんそれはクライアントとの対話の中で流されるものです。
他人の気持ちに共感して流す涙は、そこに「自分自身を重ねる」ことにより生じます。
悲しいことですが、人は「自分とは全く関係のない事柄に対しては感傷できない」ように作られた生き物だそうです。
だから僕が、「人生をかけて僕の目の前に現れてくれた」クライアントと一緒に流す涙は、きっと過去に流してきたものと同じ涙です。
「よく死にたい人の話をきく仕事なんかできますね」
たまにそういったことを言われることがあります。(もちろんあちら側に悪意はありません。)
-人の人生を支援する。
その覚悟で取り組んでいる限り、この仕事以上にやりがいのある職業は他にないと僕は思っています。
前に進むための権利
今回の内容を読み進めて「死にたさ」を克服していく過程の具体的なイメージを思い浮かべることことが出来るようになったでしょうか?
答えが「YES」であれば、あなたに必要なのは<行動>を起こすことだけです。
「思い描くことができたことは必ず実現できる」という言葉には嘘が含まれています。
しかし、「思い描くことができないことは実現できない」は真実でしょう。
つまりあなたはこの長い記事を読み終えることで「前に進むための権利」を手に入れたのです。
最後に
人生の帰路には必ずや人、そして出来事との「出逢い」があります。
それはきっと「縁」と呼ばれる非線形的でとりとめもない大きな働きによってもたらされるものだと思います。
僕もまた、自殺の島を脱出してのち、対岸へ辿り着くまでの間に、今思えば必要不可欠であったろう出逢いをしました。
その支援者がいなければきっと僕は今でも「死にたさ」の渦中で苦しみ続けていたか、はたまたもうこの世には存在していなかったことでしょう。
僕が「死にたさ」を克服するために得た「アシスト」についてはまたどこかで機会があればお話しさせて頂きたいと思います。