お金と心の問題

日本の人口の10%ほどが何らかの精神疾患を抱えていると言われています。

そしてそのうち、通院などの方法で処置をとっている人は28%ほどと見られており

実に約950万人の日本人が精神疾患を持っているにも関わらず未対処であるということになります。

精神疾患とは言わなくとも、「なんらかの心の問題を抱えている人」まで対象をひろげれば この数字はさらに数倍に膨らむことでしょう。

また「うつ病の疾病費用研究」の論文※1によると、2005年の日本におけるうつ病による社会損失は2兆円にものぼるといわれています。

これらの数字から見えてくることは何か?

それはなぜだか(この国においては)心の問題は「放置」されてしまう。

そして、そのことはあなたにとても大きな「損失」をもたすことになる(している)という事実です、、、

自殺志願者量産社会を生き抜くための「武装」

自殺志願者量産社会と化してしまった現代日本において、一生涯、精神に問題を抱えずに居ることはほとんど不可に近いことでしょう。

この国が自殺志願者を量産するメカニズムについては別の記事で触れることにしますが
(cf.準備中)

幸か不幸かそんなフィールドに生を受けてしまった僕たちは、どうにかしてその厄災からサバイバルしていかなくてはなりません。

普通に生活していればあらゆるトラップがあなたに襲い掛かります。

それは虐めや対人関係、職場でのトラブル、経済的な問題といった社会的なものかもしれません。

はたまた、この無味乾燥な人生を生きていく意味についての問いや

自分というものの不確かさがもたらすものかもしれません。

また人生はあなたに事故や病気といった不条理を何の前触れもなく課すことも少なからずあります。

さらに近年では死神にでも取り憑かれてしまったかのように

理由もなく「ただ死にたい・消えたい」という衝動を訴える人の数が急激に増えてきました。

それらの困難を掻い潜り、生き抜くためにはそれなりの「武装」が必要になります。

心の武装が不可欠にも関わらず、、、

冒頭でも述べたように、心の問題に対して具体的な対処を取ろうとする人はこの国では少数派です。

さらに具体的な数字でそのことを見てみましょう。

日本のメンタルヘルスのカウンセリング市場の規模は、300-350億円といわれています。

この数字をどう見るか。

それは他の何かと比較しないとわかりませんね。

ここに、カウンセリング市場の30倍を超すの1兆円程度の市場を持つ業界※2があります。

何だと思いますか?

答えは「占い」です。

この数字をみたとき正直すごく驚きました。

これは

心に悩みを抱えた際、占いに頼る人の数はカウンセリングを受ける人の30倍もいる

と言い換えることができます。(多少乱暴な換言であることは承知ですが)

もちろん、占いやそれを利用する消費者を否定するつもりはありません。

ただ、悩みや心に問題を抱えた時、多くの人は対処を怠るか、先延ばしにする

、、、はたまた占いに頼る。

これはこの国の精神医療制度やその他、メンタルヘルスケアのインフラが貧弱であることの現れだということは疑いようがありませんが

それだけではなく、日本人の心のケア・武装に対する問題意識が相当に低いという実態を如実に表しているようにも僕には思えます。

占いにはお金は出せるがカウンセリングには出せない

僕は占いの良さを知らないので、利用した経験がある妻に聞いてみました。

「自分では決められない選択に迷った時に使ったことがある。地元に帰るか東京に残るか。」

「占いは、信じてるわけじゃないけど、ハッキリと『こうしろ』って言ってくれるからそれがいい。」

なるほど。指示的手法を用いているんですね、占いというものは。

私の妻のように、なにか具体的な助言が必要なとき、それを提供してくれるサービスに対して人は対価を払うことはあると思います。

一方で

「話しを聞いてくれるだけの人にお金払おうとは思わない」

とのこと。思いの外、うちの妻は賢い消費者みたいです^^(関心)

現行の主流のカウンセリングの手法は来談者中心療法・非支持的(=助言を避ける)なものであり、その問題点については既に別の記事で述べました
(cf.カウンセリングサービスの選び方カウンセリング市場と共依存

このカウンセリングに対する「お金を払うまでもなさ」もまた「心の問題が放置される事態」を後押ししていることは間違いなさそうです。

占いにはお金を払う価値がある?

僕は妻のこの意見をきいて、占いというものも捨てたものではないなと感じました。

「で、結局、占い師さんのいう通りにした。」

「だってせっかくお金払ったのに、いう通りにしないともったいないじゃない?」

その結果、妻は地元に帰ることにしたそうですが

「それでよかったと思ってる。占い師さんに相談してよかった」

と語ってくれました。

僕は占いの信憑性については懐疑的です。

それでも、お金を支払って活用する対象としての価値は十分にあると思います。

その理由は、妻の上記発言を見て明らかなように

占いには「人を行動レベルで動かす力」があるからです。

そしてそれは「対価を支払っている」という事実と深く結びついていること。

次はその事実が重要になってきます。

人は対価を払うことで動機を得る

妻は、「もったいない」から占い師の指示に従い行動を起こしました。

きっと妻の腹の内では答えは既に決まっていたのでしょう。

そしてその「後押し」を占い師がしてくれた。

ここで占い師の「対価をもらうに値する」能力は、妻が既に内心に秘めていたその答えを

対話中に妻の語る内容や身振りから見通したことにあります。

(おそらく占い師の真の職能とは、不可思議な力などではなく、高いコミュニケーション能力で客の内面を察しとる力にあるのでしょう。)

このことから何が読み取れるでしょうか。

それは「人は対価を支払うことで動機を得る」という事実です。

妻はお金を払ったことで、占い師から助言を得ました。しかしそれは表面的な見方です。

本質的な面で妻に起こったことは、

占い師という媒介を通して、「金銭を支払った事実により」既に決めていた決断を実行に移す「動機を得た」ということです。

人は金銭を支払うことでその対価を求めます。

それが、上記の例で「支払ったのだから何かを得なければもったいない」

という形で彼女を動機付けしたのでしょう。

お金を払った方が結果が良い

出典は忘れましたが面白い研究があります。

学生を二つのグループに分けそれぞれ同じセミナーを受講させます。

一方のグループからは参加費を徴収し、もう一方は徴収しませんでした。

セミナー終了後、理解度テストを行ったところ

二つのグループの正答率に統計学的に有意な差があらわれました。

もちろん結果が良かったのは参加費を支払った群です。

これは実際に僕自身の経験にも当てはまります。

僕は「自殺」については専門家を自称していますが

こと「経営、事業家」としては素人の部類からこの事業を始めました。

そこでWEBマーケティングについて学ぶ必要がありました。

その際、初めはネットや書籍の情報を頼りに独学していました。(つまり、お金をかけずに)

しかし、なかなか思うように結果が出ずに思い悩んでいた折、ひょんなきっかけで「たった500円」を支払ってセミナーに参加することになりました。

そしてそれ以来、僕は経営について数万〜数十万円の対価を支払い学ぶことが当たり前になりました。

もちろんそれができるようになったのはその後、経営が軌道に乗ったためです。

経営を学ぶために、対価を支払わなかった際にできなかったことが

対価を支払った途端、次々とうまくいくようになっていきました。

なぜか?

ここで、数十万を投資することで得た知識は、正直なところ、ネット上や既に手元にある書籍のどこかを探せば必ずしや見つかるものばかりでした。

もうお分かりですね。

僕は対価を支払うことで、知識そのものではなく、それらをなんとでも活用して「もとをとってやる!」という強い動機を得ることに成功したのです。

心の問題の解消にも動機付けが不可欠

こういう話をすると、心の問題には動機など関係ない、と思われるかもしれません。

確かに、例えばうつ症状がある人はそもそもやる気がでない、それを解消するためにつよい動機(=やる気)を必要とするなんて矛盾している。

僕もそう思っていました。

しかし結果は違いました。

人間にとって、それほどお金というものは大きな影響をもたらすものものであるようです。

僕はこの事業を初めて間もない頃、全てのサービスを無料で行なっていました。

それは自身のスキルをつけるためでもありました。

ある程度、経験を積んだあとは1ヶ月ほどの長期支援コースをつくり、モニターを募りました。

その際、初めて数万円の対価を設定しました。

その時に、対価を支払うことが「心の問題」についても大きな働きをもつことを体感しました。

支援に対価を設定することにより、無料で支援を提供していた時よりも大きな成果が如実に現れ出したのです。

具体的にいうと、約束したセッションへのクライアントの参加率がほぼ100%になりました。

なかには重度のうつ症状をもつクライアントもいましたが、その方も一度もセッションを欠席することはありませんでした。

また、セッションでは次回までの課題を設定するのですが、その実行率も飛躍的に上がりました。

たった数万円支払うだけでこんなにも取り組みに差が出るのか、、、

僕は心底驚きました。

それから有料の支援価格をモニター価格ではなく事業を継続していく上で必要最低限の価格に設定しました。

それでも、金額としては一人の人間を数ヶ月間フルで支援するため、それ相応の額になります。

結果はモニター価格の頃よりもさらに成果が明確に、しかも数倍早い段階で現れるようになりました。

「支払い先がないこと」による悪循環

対価を支払った方が成果を得る可能性が飛躍的に上がることは、心の問題の分野でもほとんど疑いようがない事実です。

これを考えると冒頭で触れた、精神疾患や心の問題を放置しているひとたちが、いつまでも回復できずにいる理由がよくわかります。

彼ら、彼女らはお金を支払わないが故に、回復の機会を失ってしまっている。

ただ、これはその人たちが悪いわけではありません。

金銭を支払えば症状の寛解のための動機を得て、行動を起こすことができる。

しかし、この国にはそのために「安心してお金を支払える支払い先」がない。

それが問題なのです。

占い市場がカウンセリングのそれの30倍も「お金の支払い口」として機能している。

それくらいカウンセリングは信用に足りない。

だからカウンセリング市場はいつまで経っても悪習に手を染めたまま、当たり前の価値を当たり前に提供することができない。

、、、既に解説した共依存構造に話がつながってきますね。
(cf.カウンセリング市場と共依存

お金の問題はさけられない

結局は金か。

ここまでの話を聞いて、そう思われた方もいるかもしれません。

誤解を恐れずに言えば、ぼくは結局は金だ、と思っています。

例えばある成人男性が、なんらかの精神疾患により1年間休職を余儀なくされたとします。

この場合

この男性が月30万円の稼ぎがあったとして彼は

・30万×12ヶ月=360万円

の機会損失を起こすことになります。

ここで、この男性が休職してすぐ(本当は休職する前が最適なタイミングなのですが)になんらかの支援に金銭を投資し、数ヶ月早く復職できたとしたら

支援の費用が例えば30万円だったとして、半年早く復帰できた場合

30万円の費用に対して

・30万×6ヶ月=180万円

の損失分を彼は回収することができます。

この事業を運営していて痛感するのは「死にたさ」と同じように「お金」もまた「現実的な問題」だということです。

精神的な疾患により多くの人はまず、当たり前の生活や習慣を失い、そして経済的な困難に見舞われていくことになります。

だからこそ、そうなる前に「金の話」をする必要があるのです。

「死にたさ」と同様に「お金」の問題は綺麗事では済まされない。

このことはあなたもよくご存知のことだと思います。

だから「死にたさ」同様、僕は「お金の問題」について言葉を濁したり、触れることを避けたりはしないようにしています。

投資とリターンで考える

ただ、僕はなにも心の問題を抱えた人からお金を取り立てようとしているわけではありません。

僕があなたからとりたてるのは「心の問題」や「そこから生じうる損失」の方です。

あなたは抱えている問題のため、金銭以外にもさまざまな損失を被っています。

それは、夢であったり、あこがれであったり、当たり前の生活だったりします。

ともすれば見落としがちですが、問題を放置することで

それらのことが「損失」として毎日、毎秒積み重なっていっているのです。

金銭は手段に過ぎません。

それを投資することで動機を得、それを機に何倍ものリターンを取り戻す。

それがあなたにとって選択できる最善の道であることは、ここまでの話から良く理解してもらえることだと思います。

リターンを見込めるかどうか

僕はこの「投資とリターン」という概念を事業の根幹においているため

次の場合、どれだけ熱意を持ってお願いされたとしても有料の支援を請け負うことはありません。

・その人にとって投資を上回るリターン(=成果)をもたらす見込みが立てられない場合

・その人にとって投資をすることが、生活面に致命的なダメージを与えてしまう場合

これらの場合、僕は支援を請け負うことで、クライアントにかえって損失をもたらすことになります。

だから初めから支援を請け負わない。

当たり前のことです。

逆に僕が有料の支援に着手する場合、

それはクライアントに対して投資に見合うリターンを提供できることを確信している。

ということの表れでもあります。

物々交換

昔はよくご近所さんから、いろんなものを差し入れしてもらっていました。

そうすると今度はこちらがお返しする。

要は「物々交換」ですね。

この物々交換の習慣は基本的には貨幣制度に置き換わりました。

そこでは価値と価値が等価で交換されることが前提になります。

一方で、物々交換はそうではなく、少しだけ「色をつけて」お返しするが暗黙の了解だったりしました。

つまり

・もらった価値<お返しの価値

僕はいまだに人の内面にはこの物々交換の習慣が生き残っていると考えています。

だから、仕事をしていても、頂いた対価以上の価値を提供しようと人は努めます。

おまけをつけてあげたり、値引きしてあげたり、、、

僕たち人間の心には等価交換の理屈では収まりきれない領域があります。

僕もまたクライアントとの間で物々交換をしている感覚でこの事業を続けています。

すなわち、クライアントから金銭をその意思とともに一時的にお預かりする

そして決められた期間でそれに「できる限り色をつけて」お返しする。

やっぱり、当たり前のことをやっているだけなんですね。

この当たり前を僕は「品格」という言葉で既に説明しました。
(cf.心の問題を扱う支援者の品格

最後に

心の問題にお金を話を絡めることをこと日本人は「汚い」と考える慣習があるように思えます。

この考えもまた僕が自身の「死にたさ」を解消する探求を続けていく上で邪魔になったものの一つでした。

「死にたさ」の問題は倫理や道徳とは切り離して考える必要があるのと同じように
(cf.準備中)

そこで必要になる「お金に」ついても、やはりそれらの余計な偏見とは切り離して考えられるべきです。

ひらたくいうなら

金をだして心の問題が解消するなら、早く対価を払って動機と機会を得て、取り組んだ方が得に決まってる

というだけのことです。

ただ、既に指摘した通り、まだ、その投資先として適切な場所はとても少ない。

だからこそ、もし信用できると感じられる投資先があれば、あなたはすぐにでも行動を起こした方がいい。

そして、この自殺志願者量産社会をサバイバルするための「武装」を開始してください。

現代においては、そのための投資こそが「人生にとって最も大きなリターン」をもたらすことになる、という事実に気づいている人はまだほとんどいないようです。

あなたにとって「あなたの命」や、「人生を心から楽しめる健康な心身」ほど価値のあるものなどこの世に存在し得ません。

それをお金で「守る」こと、「取り戻す」ことができるのだとしたら

それほど「お得」な話しなんて、なかなかみつかるものじゃないと思いませんか?

※1.参照

※2.参照

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